山での知識

富士山を目指す

趣味で山に行っているとよく聞かれるのが、「富士山に登ったことはありますか」という質問です。研究員はこれまで3度富士山に登頂していますので、 答えはもちろん「はい、登ったことがあります」ということになります。

この質問は決まって登山に興味がない人やこれから登山趣味を始めようとする方されるものです。質問された側からすれば、「富士山登頂の事実」だけを見ても、その人の登山の経験や技量を推し量ることはできません。日本で最も有名な霊峰である富士山、名前は有名であってもその実態はあまり知られていないのかもしれません。

しかし、日本人であるならば、登山趣味の最初の目標を富士山に定めるのも悪くはありません。

今回はそんな富士山登山について紹介します。今後富士登山を計画しておられる方がおられましたら参考にしていただければ幸いです。

富士山とは

富士山は標高3776.12 m、日本最高峰(剣ヶ峰)の独立峰で、その存在は日本人のみならず、フジヤマとしてハラキリやゲイシャ・キョウト・カロウシとともに世界に知られた存在でもあります。

山梨県(富士吉田市、南都留郡鳴沢村)と、静岡県(富士宮市、裾野市、富士市、御殿場市、駿東郡小山町)に跨る活火山です。定期的に噴火しており、その造山活動は現在でも続いています。

懸垂曲線の山容を有した玄武岩質成層火山で構成され、山体は駿河湾の海岸まで及び、その雄大で優美な風貌は日本国外でも日本の象徴として広く知られています。

葛飾北斎の連作版画『冨嶽三十六景』をはじめとする数多くの芸術作品の題材とされ芸術面のみならず、気候や地層など地質学的にも社会的に大きな影響を与えています。

登山趣味界隈における富士山登山の位置づけ

富士山登山の難易度は季節によりかなり違います。ハイシーズンとされる7月・8月であれば初心者向けですが、それ以外の季節となれば、難易度は途端に高難易度の山に位置づけられます。

7月・8月は登山道は整備され、沿線の山小屋も営業していることから、確かに日本で最も高い山であり高山病・落石・転倒の危険や風雨の影響など山特有のリスクはありますが、天候の恵まれた日に登るのであれば、全く難易度は高くはありません。海外からの観光客の中には半袖シャツ・ショートパンツ・サンダルで登頂する強者もいるほどです。

ハイシーズンにはガイドとなるロープがルート上に設営され、道の小さな石は落石が発生しないように予め取り除かれます、購入費こそ躊躇しなければ暖かい食事と水が容易に調達可能ですし、風雨を避けるための小屋も存在し、コース上であれば全線で携帯電話が通じます。

さらに山頂には医務室も備え付けられますし、ものすごい料金はかかりますが、自力で下山できなくなった場合には、ブルドーザーや馬による輸送も期待できます。これほどバックアップが充実した3000m峰は日本ではここだけだと思われます。

日本人が登ることを考えた場合、難しいのは登山の日程を確保するために休暇を取ることと、登山当日まで体調管理をすること、山小屋を予約して寝る場所確保することくらいだと思います。

一方で積雪する冬期は状況が全く異なります。本格的な冬山装備はもちろんのこと、高い技量と経験・体力を必要とし、一部の登山家だけが踏み入れることを許される厳しい山域となります。バックアップや救助は全く期待できません。悪天候で遭難しようものなら救助は望むだけ無駄だと考えられます。一般人は眺める程度に留めておきましょう。登山趣味を知らない方が、登山趣味のある方に冬の富士登山に質問する関して質問しても呆れられるレベルの難易度です。

熟練の登山趣味の方の中には気候の安定する5・6月に、入山者が少ないことや、雪化粧した富士山を見たいなどの理由で整備が済んでいない富士山に入山されておられる方はいらっしゃいます。アイゼンとピッケルを問題なく扱えることが前提となりますので、冬期登山の経験は必須です。滑落すれば生きて下山することは絶望的です。

富士山における四つの代表的な登山ルート

富士山の山頂に向かう代表的なルートは「吉田ルート」「富士宮ルート」「須走ルート」「御殿場ルート」の4つがあり、それぞれに特徴が異なります。

また富士山では、五合目までマイカーやバスで容易にアクセスすることができるため、夏の登山シーズンには、各登山口五合目の駐車場は満車となり、駐車場に入れないマイカーによる渋滞が数kmに渡って発生することもありました。

特に、「富士スバルライン(山梨県)」と「富士山スカイライン(静岡県)」は利用者が多く、著しい渋滞が起きていました。このため、この2つの道路では、県と地元自治体が中心となって平成6年からマイカー規制を実施しています。さらに「ふじあざみライン(静岡県)」についても、平成19~21年度までマイカー規制の社会実験を実施し、22年度から本格的にマイカー規制が実施されています。

規制期間中は、マイカーによる通行は禁止され、 シャトルバス等で五合目に移動することとなることから、しっかりと登山口までの交通手段を確保する必要があります

吉田ルート 富士スバルライン五合目

富士登山道の中で最も利用者が多いルートです。5合目まで伸びる富士スバルラインに支えられた輸送力が多くの登山客を頂上に向かわせる助けになっています。

四つ存在する代表的なルートの中でルート上に多くの山小屋が点在し、登山者が多いことから道迷いなどはほとんど考えられません。ただし、それだけに混み具合は半端ではなく、特に山頂でご来光を見るための登山者が列では自身の持つヘッドライトを点灯させていなくても問題なく登れるレベルなので、その混み具合は予想をはるかに超えます。

自然と向き合う登山とはなりませんが、初心者や登山経験がない方にはお勧めです。

富士スバルライン五合目までは、富士河口湖駅、富士山駅より登山バス(路線バス)、富士山パーキング(旧:山梨県立富士北麓駐車場)よりシャトルバス、新宿などから高速バスを利用する方法があります。

富士宮ルート 富士宮口五合目

商業化されすぎた富士登山を見たくないという方には吉田ルートではなく、富士宮ルートをお勧めします。

山頂まで最短距離で登れるのが魅力で、ハイシーズンには登山バスも運行しており、 吉田ルートに次いでアクセスしやすい登山口になります。

ただ富士宮口五合目レストハウスは、2021年冬季閉鎖中の火災で使用不能になり、解体されることになりトイレ、売店、屋外展望エリアが使用できなくなったことから、登山口到着後の調整などが難しくなりました。

富士宮口五合目までは、東海道新幹線三島駅、新富士駅、JR東海道線富士駅、JR身延線富士宮駅から登山バス(路線バス)を利用します

須走ルート 須走口五合目

以外にも登山口までのバスの運行本数が少ないため交通手段との折り合いをつけることが難しいルートですが、それほど観光地化されておらず、落ち着いて登山を楽しむことができるコースです。

火山砂利の下山道を一直線に下る「砂走り」では、重力に身を委ねて軽快に下山できるのが大きな魅力です。

須走口五合目までは、JR御殿場線御殿場駅等から登山バス(路線バス)を利用します。

御殿場ルート 御殿場口新五合目

五合目御殿場ルートは代表的な4つ登山ルートの中で唯一、研究員が登ったことがないルートです。

4つ登山ルートの内で最も出発点の標高が低く、歩行距離が長く、登山者が最も少なく、山小屋も少ないルートです。言い換えれば、最も体力を必要とし、サポートが期待できないルートと言えます。

山小屋が少ないことから補給地点や緊急退避地点が限られるため、不測の事態への対策は他のコースよりもしっかりしなければいけませんが、最も観光地化されていないため、純粋に富士山を楽しみたい人向けといえるかもしれません。

御殿場口新五合目までは、JR御殿場線御殿場駅からの登山バス(路線バス)を利用します。

富士山の他の登山口では、毎年、自家用車の通行を規制するマイカー規制を実施していますが、御殿場ルートは実施していません。

富士登山で覚悟しておくこと

高山病

ハイシーズンの富士山で最も遭遇する可能性のある危険は高山病です。日本第二の高峰である北岳でも3193Mしかないことを考えれば、富士山は日本では群を抜いて高い山ということになります。

高山病は、高地で酸素が欠乏することによって引き起こされる病気です。症状には、頭痛、疲労、吐き気や食欲不振、怒りっぽさなどがあり、より重症になると、息切れ、錯乱、そして昏睡などが現れます。


ご存じとは思いますが、高度が上昇するにつれて大気圧が下がり、空気が薄くなって使える酸素は少なくなります。例えば、海抜0メートルの空気と比較すると、標高5800メートルでは空気中の酸素の量は半分になります。標高約1615メートルの位置では、空気中の酸素量は20%少なくなります。

ほとんどの人は、1500~2000メートルであれば1日で問題なく登ることができますが、2500メートル登るとなると約20%、3000メートル登ると約40%の人に何らかの高山病の症状が現れます。登高の速度、到達した最高高度、睡眠をとる高度のすべてが高山病発症の可能性に影響を及ぼします。

風雨などの気象条件

また、天候の急変も大きなリスクです。標高3800 M 級の独立峰であり、山体が溶岩で形成されている富士山では標高3000M 以上ではほとんど植生はありません。よって風雨の影響を直接的に受けることになります。


駿河湾や相模湾からの風と北側からの風が複雑に巻くため、高所では気流が安定せず、過去には航空機の墜落事故を引き起こすほどの厳しい気象条件があることも特徴です。
五合目などの山麓と山頂では、天候や気温に大きな差が発生し、さらに急変することもあります。天候の急変に備えて装備を整えるとともに、登山開始前には必ず気象情報を確認しておく必要があります。

五合目と山頂との標高差があるため、気温差が大きく(標高差100m毎に約-0.6℃)、山頂では夏でも真冬並みの気温となるため、防寒装備は必須です。

同じ気温でも風が吹くと体感温度が下がります(風速1m毎に約-1.0℃)。
夏でも日の出前の時間帯には気温は0度近くまで下がり、ご来光を待って長時間停滞すると、低体温症になる危険もあります。

さらに馬鹿にできないのが、落雷です。
夏の富士山では雷は頻繁に発生します。一方で樹木などがないため地表から最も特出した物体は人間ということになり、平地や樹林帯に比べはるかに落雷の被害に遭う危険性が高くなります。周囲の物体より身を低く保つなどの対策が必要です。

山小屋

そして、忘れてはいけないのが山小屋です。
山小屋は他のあらゆる宿泊施設と全く異なる異質な場所です。その快適性はネットカフェよりはるかに劣悪な環境を想定しても間違ってはいません。
ふかふかのベッドで眠れる、シャワーが浴びれるということは期待できません。また、食事に関しても市街地で提供される食事より高価で貧相な食事なることは間違いありません。

現在はコロナ渦で小屋泊の登山者は大幅に減っていますが、以前は富士山の山小屋は公称収容人数に対してはるかに多くの登山客を受け入れているのではないかと思われる人数が宿泊していました。
山に入れば明らかに需給の主導権は山小屋がありますので、価格決定権は消費者にはありません。どのような想定不可能な地獄であろうと、雨風を防げるだけでも感謝するしかありません。

山小屋は単に快適な場を提供するということを目的とした営利施設ではありません。
小屋の経営的な存続を除けば、登山者の安全を確保し支援することを最も大切な社会的な意義とする施設です。

噴火

静かに美しい山体を誇る富士山ですが、その本質は休止期ではあるものの現役の活火山です。

あまり、山行のリスクとして噴火は頭に浮かばない項目ではありますが、過去の富士山の噴火間隔を見てみると、前回の噴火から300年を経ていることから噴火の可能性を完全に否定することはできません。

前回の大規模噴火は1707年(宝永4年)の宝永大噴火で、この噴火は日本最大級の地震である宝永地震の49日後に始まり、江戸市中まで大量の火山灰を降下させるなど特徴的な噴火でした。噴火の1~2か月前から山中のみで有感となる地震活動が発生し、十数日前から地震活動が活発化、前日には山麓でも有感となる地震が増加しました(最大規模はマグニチュード5程度)。

古記録によれば新富士火山の噴火は781年以後17回記録されています。噴火は平安時代に多く、800年から1083年までの間に12回の噴火記録があります。